TSSの鑑別  脱毛の鑑別 緑色吐物の鑑別

NEJMの月に1本のClinical problem solvingは非常に勉強になります。

これは全然予想つかない疾患だった・・・・

 

A Curve Ball

N Engl J Med 2020;383:970-5.

DOI: 10.1056/NEJMcps1910306

 

70歳男性が繰り返す意識障害あり受診。

受診の2日前は普段通りだったがポテトでできた米菓子を食べてから尿の頻度が増加し、尿量低下してきた。

受診日に風呂場へ続く廊下で立ち尽くしているのを息子が目撃。話しかけると倒れてしまった。倒れたときに特に痙攣様の動きはなくすぐに意識が戻ったが少しめまいを感じていた。

ER受診時は意識は清明になっていた。

 

意識障害の鑑別は代謝性疾患・感染症・構造的異常(CSDHなど)・薬剤・中毒など

ただしこれらの疾患はSelf-limitedではないためこの患者のように“繰り返す”意識障害とはなりにくい。この患者は一過性の意識障害があるため“失神”とカテゴライズするのがよいかもしれない。その他の原因にはてんかんや低血糖などが鑑別に挙がる。

排尿の頻度増加や尿量低下は前立腺肥大症がCommon、消化器症状がないので食べ物からの感染症は考えにくい。

 

患者の基礎疾患は前立腺肥大症、高血圧症、喘息

内服薬はアテノロール、アムロジピン、エナラプリルでOTCやサプリメントの内服なし。

職業は以前はタクシードライバーで、現在は週に数回サトウキビ畑で働いている。

2週間前にはサトウキビ畑は収穫終了となっている。

昆虫刺傷や生の食物摂取、海水や淡水への曝露はない。

喫煙歴はなく、飲酒は機会飲酒。

特に渡航歴はなく、感染症患者との接触歴なし。

 

BPH+尿量減少は尿閉とそれに関連した急性腎障害AKIの可能性がある。

AKI患者がエナラプリルのようなACE-I,ARBを内服していれば高K血症となる。

高K血症は不整脈を起こしこの患者のように変動する意識レベルの原因となりうる。

降圧薬は起立性低血圧の原因となるがこの患者の“繰り返す意識障害”は姿勢との関連は不明。

この患者はサトウキビ畑で仕事しており、駆虫薬中毒・昆虫媒介疾患・肺がんのリスクとなる。

 

 

身体所見

BT 36.5

SBP 55mmHg

HR 100bpm

RR 28/min  SpO2 97%

顔面は紅潮し浮腫様で、結膜充血あり。

瞳孔は左右同大で対光反射あり。

口腔粘膜は湿潤でいくつか未治療の齲歯がみられる。

心雑音は聴取せず、呼吸音も特記所見なし。

直腸診では前立腺に圧痛ないが腫大あり。

四肢は温かく、右上肢にいくつかの2-3㎝の擦り傷があったが虫刺されはなかった。

ERにいるときに1回緑色の軟便があった。

 

 

この患者はβブロッカーを内服しているにも関わらず頻脈で、血圧が低いのでショックである。四肢が温かく、顔面紅潮など血管拡張の所見があり、血液分布異常によるショックが疑わしい。

発熱がなくとも敗血症の可能性はある。

痂皮があればツツガムシ病の可能性あり、この患者のプレゼンテーションと合う。

またアナフィラキシーの可能性もある。

ACE-Iやβブロッカーはショックに対する治療を難渋させるおそれがある。

副腎不全も血液分布異常性ショックの鑑別疾患である。

職歴から中毒性疾患も考慮される。有機リン中毒によるコリン中毒は意識障害・血圧低下・頻呼吸・排尿頻度増加・下痢など、ただし縮瞳や発汗が無い点が合わない。

抗コリン中毒は脳症・視覚異常・顔面紅潮・頻脈・頻呼吸・尿閉の症状を呈する。ただし腸蠕動は低下し散瞳や口腔乾燥がみられるためこの患者と合わない。

同様に頻脈・頻呼吸・縮瞳なしはオピオイド中毒らしさはない。

結膜充血はアレルギー、感染症、中毒などでみられるためLow yieldな徴候である。

 

 

血液検査では

WBC 20500/mcL (Neut 81% , Lymph 16% , Eosino 1%)

Hb 12.5g/dL

PLT 317000/mcL

Na 136mEq/L

K 5.2mEq/L

Cl 101mEq/L

HCO3  21mEq/L

UN 55mg/dL

Cr 4.9mg/dL

Lactate 4.6mmol/L

トロポニン陰性

 

尿検査は蛋白尿と血尿あり

尿中薬物は陰性

ECGは頻脈以外に特記事項なし

エコーでは尿閉所見や水腎なし

心エコーでは心機能異常なく弁膜症なし

 

CTでは右上葉にGGOあり、腹部は特記所見なし

 

CVCを留置し輸液・ノルエピネフリン投与、血液・尿培養採取し入院へ

 

 

好中球有意の白血球増多は感染性やストレス反応を示唆する。

乳酸アシドーシスがあり循環不全である。

赤血球円柱がなくとも腎炎の可能性は否定できない。

エコーやCTからは心原性・閉塞性ショックは否定的でありやはり血液分布異常がショックの原因と考えられる。

現時点では敗血症が最も疑わしく、アナフィラキシーや副腎不全は鑑別に残る。

肺のGGO+腎障害は抗GBM病を考えるがこの患者のPresentationは合わない

 

髄液検査では細胞数増多や糖低下なし

G染色でも病原体はみつからず。

髄液培養提出後、経験的治療としてセフォタキシム・クリンダマイシン・ミノサイクリンを投与(TSSやツツガムシ病を考慮)

4Lのリンゲル液を投与されたが循環動態は改善せず、バソプレシンとアドレナリンも追加。

それでも血圧改善なくヒドロコルチゾンを投与されたが血圧改善なし。

体温は39℃となり、頻呼吸も出現。頻呼吸にも関わらずABGではPaCO2 48mmHg,PaO2 148mmHg,pH 7.2 ,Lactate 0.49mmol/L。

気管挿管され、不明の中毒とアシデミアに対してCHD実施。

 

 

この患者の血圧低下の原因はいまだ不明。

ノルアドレナリン、バソプレシン、アドレナリン、ステロイド投与でも血圧低下は改善せず非常に危ない状態。ステロイド投与で反応なく副腎不全は否定的、アドレナリンに反応せずアナフィラキシーも否定的。

血液培養に加えてリケッチア感染症に関する血清検査は行っておくべきであろう。

トキシドロームからは抗コリン中毒はまだ考慮すべきである。

アシデミアは心臓の収縮機能を抑え、血管拡張を起こし、カテコラミンへの反応性を減少させる。この患者のアシデミアの原因は乳酸アシドーシスと腎不全によるものだろう。

 

 

CHDを継続し徐々に血圧低下は改善。

入院3日目に顔面・手掌・腋窩・陰部の膜様落屑がみられた

各種培養は陰性、リケッチアの血清検査は陰性。

6日目に各種昇圧薬は離脱でき抜管された。

入院10日目にびまん性の脱毛が出現。

 

 

この患者のショックの原因は不明で透析による中毒物質の除去、抗菌薬の効果は不明である。

膜様落屑はTSSでみられる所見である。

びまん性の脱毛は重症病態でみられることがあり、髪の成長サイクルの障害でみられる。

 

びまん性脱毛のよくある原因は休止期脱毛である。

不適切に毛包が成長期から休止期へ移行することで脱毛をきたす。全身性疾患や薬剤、栄養障害をきたしてから2-3か月で出現する。

この患者は重症病態の改善から脱毛までの期間が2週間弱と早く、成長期脱毛と考えられる。

中毒で成長期脱毛をきたすのはタリウムなどの重金属やホウ酸中毒である。

 

この患者はTSSとして経験的治療を行ったが経過からは中毒疾患が怪しく、そちらの問診を重点的に行った。彼の家族は野生のキノコや植物の摂取は否定した。

受診前に食べた“米菓子”は10㎝くらいで苦みがあったとのこと。実はこれはホウ酸団子だった!

透析前の検体でホウ酸の血中濃度を調べると773mcg/mLで透析後の検体で11mcg/mLだった

この患者は4週間で退院し腎機能も正常範囲となった。

 

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ホウ酸中毒

ホウ酸はゴキブリなどの殺虫薬として用いられたり熱傷や陰部カンジダ症に用いられることもある。

世界的に小児で誤飲の報告がある。

ホウ酸の致死量は15-20g

血中濃度で1000mcg/mLを超えると致死的。

 

無症状のこともあるが、消化器・皮膚・腎・血圧低下や代謝性アシドーシスなどの全身症状がみられる。

緑色の吐物や下痢はホウ酸中毒を示唆するが、硫化銅やパラコート中毒でもみられる。

ホウ酸内服後1-2日で全身性の紅斑が出現、紅斑出現から2-3日後に落屑がみられ、“Boiled lobster sign”と呼ばれる。

重症例では尿細管壊死ATNがみられる。

低分子量であるため透析でよく除去されるためこの症例のように有効である。