小脳失調の鑑別

N Engl J Med 2019;381:1569-78.
DOI: 10.1056/NEJMcpc1909624

 

70歳女性 急速進行性の失調
診断:Sporadic Creutzfeldt–Jakob disease(Brownell–Oppenheimer variant)

 

脂質代謝異常症や不眠症をもつ70歳女性。
3か月前は元気だったが徐々に倦怠感と不安定さが出現。
不安定さが増悪してきたため、2か月前には真っすぐ歩くのが困難になった。
転倒・めまい・意識消失・耳痛・聴覚低下・耳鳴り・頭痛はなかった。

かかりつけ医受診し診察されたが神経所見は異常なし。
甲状腺含めた一般検査、ライム病検査は特に異常なし。
受診の7週前にかかりつけ医から耳鼻咽喉科紹介されたが聴覚や前庭機能は異常なく神経内科紹介された。

受診の4週前に歩行時の不安定さはさらに増悪。伝い歩きでないと歩けなくなった。
バランス感覚の障害された感じを訴え、椅子に座るのも大変だった。さらにこのバランス障害は臥位になっても感覚としてあった。
その他に手の協調運動障害や書字が大きくなる、スープを飲むのも困難だった。
その他に霧視・不眠・軽度の頭痛があった。

身体診察では歩隔の広い歩き方で、体幹や股関節、脚にJerkingがみられた。
つぎあし歩行は不可、姿勢時振戦あり。Romberg sign陽性

血液検査では抗核抗体40倍、ビタミンB1,B12,E,B6は基準値内。
CRPやESRは陰性。電解質異常なし。梅毒検査陰性。

造影MRIではFLAIRで脳室周囲にHIAあり、両側半球の皮質下に一部HIAあり

運動療法が始まったが、受診の2週間前から上肢の突然の不随意運動が出現するようになり、位置感覚の喪失があった。

セカンドオピニオン求めMGH受診。
位置感覚の喪失のためコーヒーカップを置こうとしても落としてしまったりする。
水平性の複視あり、1か月前に比べ2-3kgの体重減少あり、咳嗽もあった。

Vitalは安定。
甲状腺腫大や結節触れず。
会話は流暢で構音障害なし。指鼻・膝踵試験で著明な測定障害あり、dysdiadochokinesia(急に運動変更ができない)あり。また追視はスムーズでなくカクカクした追視だった。Squarewave jerksもみられた
その他はDTRや感覚、筋力の異常はない。

LP施行し、傍腫瘍抗体提出したが陰性。
その他血液検査異常はTPO抗体260IU/mL , サイログロブリン抗体 29IU/mLと高め

EEGは特記所見なし
PET-CTでFDG取り込みなし。

この段階での暫定診断Working diagnosisは自己免疫性小脳炎で、IVIGが施行された。6日目に退院となり経過フォローとなった。

退院から3週間後に再診し、評価したところ歩行や協調運動はさらに増悪、新しく構音障害や短期記憶障害も出現。認知機能検査Montreal Cognitive Assessmentでは15と著明な認知機能障害あり(正常範囲は25-30)

 

鑑別
神経診察の基本は病変の推定から

 

体性感覚と前庭系は小脳に投射される。これが障害されると失調となる。
感覚失調は眼からの情報が遮断されるとさらに増悪する。
この現象を報告したのはドイツの神経内科医モーリッツ・ハインリッヒ・ロンベルグでRomberg signと名付けられた。

通常、感覚失調では固有感覚の障害や反射減弱がみられるが、この患者では保たれていた。
また前庭機能は正常であった。

上記からこの患者の障害部位は小脳だと考えられる
小脳の重要な機能に眼-前庭の協調がある。

小脳機能不全ではsmooth-pursuitの速度が出ずsaccade で追跡する。
追視や構音障害は小脳虫部や片葉小節葉に病変があると起こる。

Squarewave jerksがこの患者ではみられたが、この徴候は無症候性で、眼振やオプソクローヌス、フラッターとはまた異なる。
Squarewave jerksは小脳および小脳外の中枢神経系の異常でみられる所見である。
参考⇒https://www.youtube.com/watch?v=seepurDVqSc

 

また、小脳後葉は認知機能や情緒機能に関与しており、小脳の障害により認知情緒機能障害がおこることをSchmahmann’s syndrome(Cerebellar cognitive affective syndrome CCAS)と呼ぶ。実行機能・発語の流暢さ・視覚空間把握パフォーマンスの低下をきたす。
CCASでは認知機能が落ちたように見えるが認知機能障害のスクリーニングを行うとほとんどの患者は正常範囲内である。
ちなみにSchmahmannはMGHの神経内科医、この文献にも登場している

 

この患者では明らかな認知機能障害があるうえ、小脳病変では不随意運動は起きない。
よってこの患者は亜急性に進行する、小脳から他の中枢神経に広がる疾患を想定する

 

中毒・代謝性疾患
失調をきたすものは
アルコール
抗てんかん薬
鎮静薬
ビスマス⇒海外では胃腸症に対するOTC薬がある。ビスマスの過剰摂取は意識変容と記憶障害をきたす。ADやCJDと誤診されやすい。
重金属、特に水銀マンガンも失調症候群をきたす。

Wernicke脳症
MRI所見は特異度は高いが感度は低いため画像所見で異常がなくても除外できない。
アルコール多飲や胃術後、繰り返す嘔吐で低栄養状態となりリスクとなる

 

感染症
小脳炎は傍感染現象parainfectious phenomenonでみられ、小児で特にみられやすい。
成人の小脳炎はVZV感染症でみられるが、急性の経過。
リステリア菱脳炎は免疫抑制患者でみられる。
神経Whipple’s diseaseもMRI正常になることがある
これらはどれもCSF異常がでるためこの患者ではUnlikely
JC virus感染症も免疫抑制者におこる白質脳症だがMRI所見から否定的。

髄膜癌腫症Leptomeningeal Carcinomatosis
MRIやCSF異常がでるため否定的

 

免疫関連
傍腫瘍小脳変性症Paraneoplastic cerebellar degeneration PCDは悪性腫瘍の診断の5年前から出現することもある。特に失調は悪性腫瘍の診断より先行しているケースが65%と多い。
この患者では抗体検査陰性だが18%の患者はSeronegativeとなるため否定はできない。
しかしPET-CTで異常所見ないためPCDのおそれは低い。

自己免疫性小脳失調はセリアック病との関連が指摘されているが非常に緩徐に進行していくものである。
橋本脳症でも小脳失調が出現する。この患者ではTPO抗体などが陽性だが健常人でも15%はTPO,TG抗体は陽性となるため解釈に注意。また橋本脳症は緩徐な経過でCSF異常を伴う。

 

孤発性クロイツフェルト・ヤコブ病 Sporadic Creutzfeldt–Jakob disease
CJDのうち、小脳症状から起こるものはBrownell–Oppenheimer variantとよばれCJDのうち20%を占めるとされる。典型的には失調症状が出現してから3か月経過して認知機能障害が起こる。

この患者は退院後3週間経過したところで再度MRI撮影すると基底核や視床にFLAIRでHIAあり、経過と合わせてCJDに矛盾なかった

参考:https://radiopaedia.org/articles/creutzfeldt-jakob-disease
MRI findings may be bilateral or unilateral and symmetric or asymmetric, and include:
T2: hyperintensity
basal ganglia (putamen and caudate)
thalamus (see hockey stick sign and pulvinar sign)
cortex: most common early manifestation
white matter
DWI/ADC: persistent restricted diffusion (considered the most sensitive sign)

CJDは85-90%が孤発性でプリオンタンパクPrPが急速に神経内に蓄積し神経細胞変性を起こす稀な致死性疾患である。
この患者ではCSFの総タウ蛋白は4000pg/mL(ref 0-1149)と異常高値で、CSFの14-3-3タンパク陽性だった。これらの検査は感度90%以上、特異度は80%である。

CSF RT-QuIC assayがCJD診断のスタンダードなテストでありこの患者では陽性だった。この検査は感度92%、特異度99-100%である。

この患者は症状出現から4か月で死亡した。
病理解剖でもCJDの所見だった。